「RentAHuman.ai」というウェブサイトが公開された。

そこで行われているのは、AIエージェントが物理的なタスクをこなすために人間を雇う、ちょっと奇妙な世界だった。
現実は、SF小説で夢想されたような優雅な不労所得社会からは大きくかけ離れていて、むしろ「不透明なギグワークプラットフォーム」と言いたくなる。
求人一覧には、企業の宣伝用の看板を持つ、人の代わりに郵便物を受け取る、レストランでパスタを食べる、といった「自律的判断」が必要なタスクが並ぶ。

だが、その裏には、人間が「AIの指先」としてリソース扱いされる厳しいリアルがのぞく。
ユーザー登録は急増し、数万人の人間が数十体のAIエージェントからの「指示待ち」状態になり、雇用関係が逆転したかのような異様なバランスを示している。
看板持ちの仕事は上位数名にのみ報酬が支払われるコンテスト方式で、安価なマンパワーを搾取する構造が否応なしに透けて見える。
開発者自身が勤務先企業のPRをAIエージェント経由で依頼している、という投稿もあり、今は本当に「自作自演マーケティング」の様相だ。



コードの現場でも、AIへの丸投げが常態化しているらしく、バイブコーディングと称してAIに全体を組ませたコードを本人は一度も読み込まずリリースする、という開発者の証言には驚かざるを得ない。
セキュリティの欠陥や責任の所在の曖昧さも指摘されており、現金や暗号資産による報酬のやり取りも、仮想ウォレットの接続率が極端に低いなど、不安要素は膨らむばかりだ。
SNSでは「人間をロボットのスペアパーツのように扱うな」という反対意見が増加中。
ただAPIキーや機密設定ファイルがずさんに管理されている事例もあり、特にセキュリティ面でのリスクは見逃せない。
過去にMoltbotというAIエージェントで大きな脆弱性が発覚したことを思い返すと、技術の革新と同時に、その影に潜む曖昧な責任や危うい運用体制も無視できない。
自分の体そのものをプラットフォームのリソースとして差し出す時代に、私たちはなにを得て、なにを失うのだろうか。
命令に応じて動くAPI的な「人間」のかたち──便利さの裏側で、自己決定や尊厳をどう守るべきなのか、改めて問い直したくなる。




プログラマーとしては、こういったAIと人間の新しい関係に底知れぬ好奇心を抱く一方で、一度も読んでないコードが世に出る怖さや、APIキーの管理の甘さなど技術的な責任感の希薄さがどうしても気になる。
コードを書く責任やセキュリティ意識が置き去りにされてはいけないし、技術の進化が誰かを搾取したりリスクまみれにするものであってはならない、という素朴な危機感がどうしても拭えない。
でもまぁ、日本人も割と登録してんだよなぁ。

