インターネットにおける検索エンジンは、かつて「入り口」として君臨し、多くの人々が情報を探す拠点となっていました。
しかし、今やGoogleなどの大手がAIによる要約機能「AI Overviews」を急速に展開し、検索クエリの3割以上でAI要約が利用される時代に突入しています。
この変化によって、検索結果の画面内でほとんどの疑問が解決する「ゼロクリック検索」が当たり前になりつつあり、ユーザーが個々のウェブサイトに訪れる機会が減少しています。


これまで必死にオリジナルの情報やコンテンツを作り続けていたストックコンテンツ系クリエイターや企業にとって、こうした状況はまさに死活問題ですよね。
自分たちが莫大なコストをかけて生み出した一次情報を、AIが自由に要約し、その恩恵が独占される「情報の収奪」の構図に強い不満の声が上がっています。
しかも、AIが作り出す要約には、いまだ誤情報や「ハルシネーション」のリスクが付きまとう上に、ユーザーはその中身を鵜呑みにしてしまう恐れもあります。
ネットメディアは広告収入が大きな柱ですが、ユーザーが直接サイトを訪れず、AIによる要約だけを消費する傾向が強まることで、「情報砂漠化」が現実になる懸念も否めません。
本当に価値ある新しい情報の供給が頭打ちになり、ネット全体の健全な情報エコシステムが崩壊するリスクが膨らんでいます。
画面を埋め尽くす広告がウェブの正しいあり方だとは思えませんが、収益を断たれるとより過激な方法で広告を展開するしかないのでしょう。
この広告の手段を提供しているのもGoogleのアドセンスだったりするので、
まさに広告公害です。
AI検索の影響は情報の信頼性を揺るがすだけではなく、「記事に触れる機会を一度失った」ことで企業が大きな損失を恐れるなど、心理的な影響も大きくなっています。
2026年2月6日には米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が所有する米紙ワシントン・ポストで数百人の記者を解雇したと報道されています。
もはや誰もオンラインで新聞は読まないのかもしれません。
さらに、AIによる検索インフラが膨大な電力を消費し、環境負荷の大きさも軽視できません。
ニューヨーク・タイムズ紙などによる著作権訴訟も、AIが生み出す情報所有権についての泥沼の攻防を象徴しています。
技術の面から見ても「GEO(Generative Engine Optimization)」など新しい最適化手法が存在感を増すものの、本来ウェブが目指してきた「人間が読む文書」という側面とは逆行している印象があります。
API経由で情報を直接取得し、AIが要約する世界は確かに効率的ですが、そのプロセスが人間の多様な思考や視点を捨象してしまう危険性があります。
※捨象=現象の特性・共通性以外を問題とせず、考えのうちから捨て去ること



また、プログラミングの世界でもAIが生成したコードがネット上に溢れ、学習するモデルそれ自体が「崩壊」する未来が心配です。
オリジナリティや情報の再生産が失われていけば、エンジニアとしての創造する喜びさえも奪われかねません。
もしこの流れが止まらなければ、刺激も驚きもない極めて退屈な時代がやってくる、そんな危機感を強く抱きます。
今まで消費に回っていたユーザー達が生成AIによって作り手に回った今、情報発信の手段、クリエイティブを発表する場が、既にあらかたビックテックによって抑えられたあとだったと気が付いた時にはもう遅いんですね。
インターネットは非対称性ではなく、対称性をもっと重視すべきです。
例えば、ネットでモノが買えるくらい簡単にモノを売れるようにするべきです。
例えば、ネットで調べたい人物が簡単に分かるくらい自分の情報を発信できるべきです。
例えば、SNSで情報が拡散されるのと同じ速度で拡散を停止できるべきです。
そのように法律も変えていかないと、片側一方通行の非対称性が強いディストピアができあがります。
※ビックテックのプラットフォームの利益にならないことをユーザーがしようとするとペナルティを課せられる。
たかがネットのことと考えている政治家が多いかもしれませんが、今やネットは欠かせない生活インフラとなっており、プライベートもビジネスも大きく侵食しています。
ネットに個人の主権とユーザーの自治権を取り戻さないと移民政策よりも先に脳を取っられかねません。

