現代の労働市場はまさに激動期を迎えている。
企業の採用担当者たちは、今や「AI開発」というキーワードに目を光らせ、血眼になって人材を探している。
ビズリーチの調査によると、AI関連求人は前年比で約4.2倍にも膨れ上がり、年収1000万円を超える案件も珍しくなくなってきた。


「バンドワゴン効果」――皆がAI導入を進めていることに焦り、自社だけが遅れているのではないかという焦燥感が広がる。
その結果、人材の市場価値が異常に吊り上げられている印象は否定できない。
これはITバブル時代にも見られた光景で、今は単なるトレンドを超え、「LLM(大規模言語モデル)」などの実装が富の集中、いわゆる「マタイ効果」に拍車をかけている。
持つ者がさらに豊かになり、持たない者はチャンスを失う構図がより顕著だ。
高年収AI求人がきらびやかに並ぶ光景の裏で、多くの労働者が自分の仕事がAIに奪われるのではないかという不安にさいなまれている。
「デジタル広告」「決算・経理」などの分野ではAIによる自動化が進み、人間の居場所が失われつつある一方で、身体性や資格を伴う専門職――例えば「施工管理技士」「現場代理人」など――は依然として強い需要を残している。
ただ、その分責任や肉体的負担は軽くない。
AIエンジニアの高待遇が話題となる一方で、SNS上では「スキル断絶」をめぐる格差への不満も噴出している。
高額給与と一部のエリートを過剰に持ち上げるような虚像も批判の的になることが増えた。
現場を見ると、AI導入後に十分なマネジメント人材が確保できず、かえって業務が複雑化し、本末転倒の事態に陥るケースもある。
過去の「ラッダイト運動(19世紀初頭(1811~1816年頃)のイギリスで、産業革命による機械導入に反対し、織機などの機械を打ち壊した労働者による抗議運動)」のように、技術革新によって労働者の権利が脅かされる歴史が繰り返されている印象も受ける。
今やAIを使う・使わないといった表面的な議論だけでなく、人間がどう付加価値を生み出すのか根本的に問われている。
一見華やかな「AI求人」増加の裏側には、単にコードを書くだけの人材だけでは生き残れない厳しさがある。
予測不能な市場変化に耐えられる戦略や哲学を持った一握りの先導者たちが、これからをリードしていくだろう。
「AI開発」や「LLM」といったキーワードが急上昇する一方で、現場の実感とややズレた期待も感じる。
実際には、LLMのAPI呼び出し程度のいわば「ラッパー開発」が主流な現場も多いが、一方で基盤モデル自体の構築や調整など、高度なエンジニアリングが求められる場面も混在している。
企業が自社に本当に何を求めているのか、その定義も曖昧なままだという印象がある。


個人的には、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」がかつて魔法の杖のようにもてはやされた時と似た危うさを感じる。
高年収求人が並ぶ景気のいい話には裏があるし、「AIを使えば全ての問題が解決する」といった過度な期待が背景にあるのは、やや現実離れしている。
AIバブルの中で踊らされるよりも、AIを強力な道具として既存のソフトウェア設計やビジネスプロセスに着実に組み込む「実装力」の重要性を改めて認識したい。
技術がコモディティ化したあとに生き残るのは、結局のところ「AIを使って何を作るか」を考えられる人間だと感じている。

