音楽制作の世界は、大きな転換点に差し掛かっている。
長い間、作曲やミキシングに必要だった技術やソフトの扱い方、クリエイティブなノウハウは、多くの人にとって「門」だった。
その門をくぐるためには、時間もお金も根気も惜しみなく注ぐ必要があった。
でも今やAIが火炎放射器のようにハードルを焼き尽くしている。




かつては、誰もが自分の部屋でチャレンジし、失敗から学び、YouTubeで解説を漁っていた「ベッドルーム・プロデューサー(自分の寝室などのプライベートな空間で、パソコンを使って音楽を制作する人々)」の黄金時代があった。
安価なソフトの登場で作曲は一気に身近になり、その流れの中で情熱を持った多くの人が名乗りを上げた。
「これからも自分にもチャンスがある」と信じられる平和な時代だったのだ。
でも時代は動いた。
今、「グレート・フィルター」の真っ只中にいる。
AIが求められる技術や作業工程を一掃することで、選別のプロセスが始まっている。
機械は正確で辛抱強い。
技術的な慣れや操作のスキルに価値がある時代は終わりつつある。
例えば、今ならトラップ風のビートやリアルなギターサウンド、完璧な音質の調整も、AIで数秒、無料で手に入るようになった。
わざわざ誰かから50ドルで買うより、AIサブスクに課金して5分で50曲の候補を出した方が早いからだ。
「B級」でも合格点の音楽なら、人が作ろうがAIが量産しようがほとんど誰も気にしなくなる。
ビート販売やタイプビートのように量と速さを競っていた層から淘汰が始まるのも当然の流れだと感じる。
2026年には、音楽配信サービスになんと1日100万曲が投稿される時代が来ると予想されている。
供給が無限になれば、当然1曲ごとの価値は限りなくゼロに近づく。
人々は膨大な選択肢にうんざりし、心理学の「ジャム法則」の通り、結局選ばなくなる。
大多数の作品はアルゴリズムのせいにされながらも実は独自の「声」を持たず、ソフトの使い方を覚えただけ、になってしまう。
この世界で生き残るには、たった一つ「センス」が唯一無二の武器になる。
AIは無限の音やビートを生み出せるけれど、「なぜ素晴らしいのか」「どんな文脈でその音が必要なのか」「ここに物語があるのか」を本当に理解することはできない。
膨大な素材の中からどれをどう組み合わせるか、どんな意味や感情を作品に吹き込むことができるか―ここだけは人間のクリエイティビティ次第だと思う。
「技術的プロデューサー」の時代は過ぎ、純粋な創造性の時代が来る。
どれだけ長く技術を磨いたか、どれだけDAWやエフェクターに精通しているかよりも、「何をどう表現するのか」への回帰だ。
サンクコスト効果(埋没費用効果)に引きずられて新しい道具(AI)への適応が遅れれば、簡単に取り残される。
聴き手はキックが誰の手で作られたかより、その曲が心を動かすかどうかを基準にする、結局これが本質だろう。
機械が手作業を駆逐し、職人か建築家かの選別が訪れた産業革命のように、音楽でも分岐が始まっている。


AIによる著作権や収益還元の問題は技術の奔流の中で議論が追い付かないほど深刻だけれど、少なくとも自分は新しいツールを徹底的に試して、自分ならどう活かせるのか探りたい。
素材生成としてAIを活用しながらも、最終的な意味やストーリーは人間が創り出す、その接点にこそ未来があるはずだと実感している。

