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葬式の葬式がはじまっている! 現代人にゼロ葬による葬式離れが加速中

葬式の葬式がはじまっている! 現代人にゼロ葬による葬式離れが加速中


現代の日本では、葬儀や墓に対する価値観が大きく変化してきている。
島田裕巳氏が提唱した「ゼロ葬」は、遺骨を一切引き取らないという選択肢で、従来の死後のあり方に新たな波紋を投げかけている。
その背景には、「伝統」という名のもとに続いてきた慣習や、そこへの不信感、そして現代ならではの合理主義的な考え方が混ざり合っている。
要は死してなおサブスクが解約できない問題と類似している。
考えてみれば、私たちが「古くからの伝統」だと信じているものの多くは、実は近現代に広まった比較的新しい習慣に過ぎないことが多い。
歴史学者のエリック・ホブズボームが「創られた伝統」と呼ぶこの概念は、たとえば火葬が土葬にとってかわって一般的になったことで顕著だ。
火葬が登場した際は、多くの人が「残酷だ」と非難したが、数年も経たないうちに土葬の方が「大変だ」と手のひらを返した歴史がある。
また「立派な墓を建てる」文化も、実は戦後の経済成長期以降に一般化したもので、一千年にわたる歴史があるわけではない。
最近では「離壇料」を伴う墓じまいがトラブルになるケースも多く、消費生活センターには檀家をやめる際に高額な離壇料を請求されたという相談が寄せられている。
しかし法的にも離壇料には強制力がなく、感情的な対立が発生しやすい。
宗教界の不透明な金銭の流れが、かえって「葬送の自由」や自然葬への関心を高める皮肉な現実もある。
SNSなどで「ゼロ葬」を冷酷だと批判する声も聞くが、島田氏は、これは「生き方のあり方が変化しつつあることの鏡」だと指摘する。
無縁仏になることへの不安や、「何も残らない」ことへの抵抗も根強いが、全て自分の代で完結する葬送は、次世代への負担を残さない点で、少子高齢化・多死社会を迎えた今、一つの「優しい」形とも言えるだろう。
実際、船員法で認められた水葬のように、社会が死の扱い方を特別に例外としてきた歴史もある。
今や、死が「社会のルール」から「個人の自由」へと移り変わり、「伝統」という言葉の陰にひそむ曖昧な強制力に縛られる必要はない。
大切なのは、どんな形式を守るかではなく、自分の生き方・死に方を納得して選択できることなのだ。
選択肢の中に「ゼロ葬」のような自由があることこそ、死生観が現代のリベラルの最前線にある証だと感じる。
一方で今日本で問題になっているムスリムの土葬問題があり、多死社会における複雑さを感じた。