1キロあたり1万2000円。
和牛トップクラスと肩を並べる熊肉。
本来なら「超高級食材」として夢のような存在のはずだが、実情は全く異なる。
捕獲される熊の多くは土に埋められたり、焼却炉で灰となり消えていく。
全国で数千頭もの熊が捕獲されているのに、大部分は「資源」として活用されることなく廃棄されてしまう。
こうした裏には、流通体制の不備や地方自治体が抱えるジビエ流通の難しさがある。
人々の感情も複雑だ。
熊を捕獲すればハンターには高額の報酬が支払われ、その原資は税金だ。
得られるはずの資源がゴミになることで「税金の無駄遣いだ」と憤る声も強い。
一方、インターネット上では「野生動物を高級食材扱いすること自体がおかしい」「動物愛護の観点から反対」といった声も目立つ。
熊が人里に降りてくる背景には生態系破壊もあり、倫理的にも批判が根強い。
食の安全性も無視できない。
野生の肉には寄生虫やウイルスなどのリスクがつきものだ。
記事は、徹底した加熱調理と衛生管理が不可欠で、素人が扱うのは危ないとも触れていた。
さらに福島では原発事故の影響から「出荷制限」「摂取制限」が続く。
国の基準をクリアしても、「目に見えぬ放射能」への不安は根強い。
この心理的ハードルも、熊肉を市場に送り出す大きな壁になっている。
経済学で言えば、今の状況は「サンクコスト(埋没費用)の誤謬」に陥っているように見える。
熊を駆除したコストやハンターへの報酬は戻らない。
熊肉をジビエ化して資源にするには解体施設の維持費や流通コストも膨らむ。
移動式の食肉処理車「ジビエカー」など新しい技術も導入されているが、それ自体の運用コストや衛生基準も高く、現場では赤字を招くリスクも高い。
ジビエは地方創生の旗印としても用いられ、「GIBIER de 地方創生」といったプロジェクトも進む。
けれど、ストーリーや個体の背景といった「付加価値」をつけても、流通の「死の谷」を越えられていないのが現状だ。
そもそも狩猟者自体が高齢化で減り続け、ジビエ産業の持続可能性にも暗雲が広がっている。
命を奪う責任、経済的合理性、不条理な現実。
その間で揺れ動く思いは、自分のプログラミングにも似ている。
処理の流れやデータの価値を最大限活かしたいのに、非効率や非論理的な障壁が立ちはだかる。
どれだけ良いシステムや流通を設計しても、最終的には感情や心理的な抵抗、社会全体の納得感をどう担保するのか。
この不条理を解消するためには、単に「おいしい」という感情に訴えるだけでなく、科学的な安全性の担保と、社会全体が納得できる「命の出口」の設計が求められている。

