国内の自殺者総数が初めて2万人を下回り、統計開始以来の最少を記録した裏側で、私たちは目を背けてはならない残酷な現実に直面している。
2025年、小中高生の自殺者数は532人に達し、過去最多を更新した。
大人の自殺死亡率が減少傾向にある中で、19歳以下の若者だけが取り残されるように増加し続けている。


特に女子中高生においては、コロナ禍前と比較して自殺者数が約2倍に急増しており、社会の歪みが最も脆弱な層に集中していることが伺える。
主要7カ国(G7)において、10代と20代の死因1位がともに自殺であるのは日本だけだという事実は、この国が「若者にとって最も生きにくい場所」であることを示唆している。
こうした背景には、著名人の自死に影響される「ウェルテル効果」や、夏休み明けに絶望感が強まる「9月1日問題」など、特有の心理的・季節的要因も潜んでいる。
原因の多くはうつ病や学業不振、親子関係の不和とされているが、それは氷山の一角に過ぎない。
政府は1人1台配布されたデジタル端末を活用し、自殺リスクを早期に検知するシステムの構築を進めている。
しかし、これには批判の声も根強い。
心理学における「監視の心理」によれば、常に誰かに見られているという感覚は、安心感ではなく強い心理的抵抗を生み出すことがある。
SNS上では、子供たちが大人に監視されることを恐れ、匿名で助けを求めることさえできなくなるのではないかという懸念が噴出している。
また、問題は端末で検知できるような表面的なサインだけではなく、競争を強いる教育現場や、逃げ場のない家庭環境といった構造的な「正常性バイアス」にあるのかもしれない。
かつて1998年から2011年にかけて、日本の年間自殺者数は3万人を超える異常事態が続いていた。
当時の対策は主に経済的困窮や働き盛りへの支援に重点を置かれ、一定の成果を収めた。
しかし、現在の子供たちが抱える苦しみは、かつての生活苦とは性質が異なる。
SNSでの比較文化や、将来への閉塞感がもたらす学習性無力感。
自分ではどうしようもないという諦めが、若者たちの心を蝕んでいる。
2025年12月にはオーストラリアで16歳未満のソーシャルメディア(SNS)利用を制限されたことが話題になった。
オーストラリア政府が打ち出したこの強硬策の背景には、SNSのアルゴリズムが刺激する脳の報酬系と、それに伴うドーパミン分泌による依存への強い警戒感があるという。
イメージとしては麻薬を日常的に摂取しているのと変わらないとか。


特に心理学でいうところのFOMO(Fear of Missing Out:取り残されることへの恐怖)は、常に誰かと繋がっていなければならないという強迫観念を若者に植え付け、睡眠不足や抑うつを引き起こす要因となってきている。
こういったことが若者を自殺に向かわせていると考えられなくもない。
世界に目を向けると、若者のメンタルヘルスが深刻な危機に瀕しており、WHOの最新データによれば、15歳から29歳の若年層において自殺は死因の第3位という衝撃的な位置を占めている。
特に韓国、ニュージーランド、そして日本を含む一部の国々では、人口10万人あたりの自殺死亡率が17人を超える極めて高い水準で推移しており、これを単なる個人の問題ではなく社会構造の欠陥として捉える動きが強まっている。
SNSの他者との比較を強要するアルゴリズムが嫌われるのも無理はない。

